ホヤの傾向と対策

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索引

  • 2020/04/16 18:24
  • Category: 索引
日々の出来事

娯楽

手前訳

漫画

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八月

減量はペースを落としつつも続行中
idecoの最初の引き落としが開始
idecoを含めてもとりあえずは毎月黒字なので良し
あとは……仕事を真面目にやるぐらいか

六月

idecoの手続きは済んだ
TOEICの点数も900を超えた
部屋はきれいな状態を維持
減量は続行中

新しいPCを早く買いたいなあ

抱負

今年度の目標

1 iDeCoの手続きを済ませる
2 BMIを標準(22)まで落とす
3 TOEICで900点を取る
4 きれいな部屋を保つ

長生

  • 2017/03/06 20:27
  • Category: 娯楽
1087年
9月
カスティリア王国は王が夭折して幼女王に。
ナヴァラ王国はフランスにナヴァラ領を取られて1プロビ国家に。
フランスはヴァレンシアを飛び地として獲得したあげくイスラム勢力から聖戦を喰らってついでにHREとも戦争中。
怖い怖い。
そんな大勢力とやり合うため、早急にスコットランド-アイルランド-イングランドを統一、帝国としなければならないですね!
隣の公国に宣戦。

10月
アナトリアに対しジハードが宣言されました。

1088
6月
戦は順調です。
しかし息子と、息子の教育者である元帥の仲が悪い……ついに暗殺プロットを立てました。
困るよ。
10月
敵拠点を落とし、敵一族を大量に捕獲。

11月
敵の援軍が来ましたがこれを粉砕。
これにより戦勝点100。
開戦から1年チョイで戦勝となりました。

1089
1月
ささやかに人質交渉。
またアサシンの設立がアナウンスされました。

12月
城の兵舎の増強に着手。
……さて、王からそろそろモレーの公領全て返してもらいたいものですが……。

1091年
1月
王に、伯領の支配権を求めて宣戦。
フランスがこっちに来るかどうかが問題ですね。

2月
ジハード失敗のお知らせ。
さすがビザンツ!
孫娘マリーが生まれました。

12月
フランスが王側に参戦。
うーん、こりゃまずい。 

1092年
5月
完敗。
しばらく借金生活です。

1093年
農民反乱。
3月
孫娘マリー2誕生。

6月
ちょっと反省して王様を祝宴に招きます。

10月
王様にチェスを教えてもらいました。

1094年
6月
衰弱してきました。
これは死ぬかもしれない……。
死ぬ前にちょっと王にプレッシャーをかけるべく、独立派閥を開始します。

6月
王に嫌がらせが通じたのか、モレーのDe Jureの2伯領をこちらの配下としてくれました。

7月
衰弱によるステ低下で、直轄地を管理できなくなってきました。
次男にギャロウェイ伯領を渡します。

10月
またジハードが宣言されました。

1095年
8月
元帥が"事故"で無くなりました。
Lustful持ちの事故というと腹上死か……。

12月
公は宴会中に転んで怪我しました。
死ねる!

1096年
5月
怪我が治りました。

1097年
次世代の育成とインフラ整備に注力。
10月
王子様が父上殺すの手伝ってくれませんか?と誘いを掛けてきました。
だめです。 

1102年
インフラ整備しながらぼーっと眺めます。
娘がイングランド王の愛人になってたり、嫁さんの実家がアイスランド王に乗っ取られてたり。
HREで対立教皇が終わったと思ったらイベリアで対立教皇が立ってたり。

1104年
内政を続けます。
孫息子とイングランド王女を婚約させ、同盟を結びます。
国内は王様が評議会を無視し続けているせいで反体制の機運が高まっています。

ここはイングランド王の後押しを得てスコットランド王位を……などと亡国まっしぐらな考えが浮かびます。

1105年
9月
長女が37歳で病死。
儚いなあ……。

10月
友人の一人が無くなりました。心から嘆きます。
また密偵長も死去しましたので、次男を密偵長に任命。

12月
反乱を鎮圧した王はそのまま死去。
……選挙王政を求める派閥を発足させました。

1106年
9月
ゲーム開始から40年。
疑惑の息子と結婚させた北の女伯爵が、長男を消そうと企んでいました。
称号剥奪はできないので追放し、孫息子を後釜に据えました。

さて、スコットランド王位への強い請求権は1代限りです。
今のPCが死ぬと普通の公爵として選挙制への継承法改正か婚姻による乗っ取りで王位を狙うことになります。
一応イングランド(動員能力9k)と同盟していますし、お金も少しは溜まってるので傭兵を弾除けにすることも可能でしょう。
でもその前に平和的解決を求めて、Favor使って他の評議員共をファクションに引きずり込んでみました。
とりあえず君主の兵力の二倍の兵が集まったので、要求を押し付けます!

……王様が折れ、スコットランド王位は以降選挙制になります。
でもって自分が立候補。票はそこそこ割れている模様。

1107年
孫息子の天才嫁が懐妊。また、孫娘の婿としてフランス王子を貰ってきました。
今年中に首都にもう一つ城を建てておきたいです。
石切り場効果で450余りで建てられるうちに、先行投資をしましょう。

1108年
8月
孫息子に曾孫が生まれました。
残念ながら天才は持たず。
でも嫁さんが肺炎に!
鬱で肺炎ですが、Brawnyのおかげで生きてますね。
この月、ついに城(男爵領)の建設を始めました。

1108年
12月
金がない時に限って請求権を取ってくる息子。

1110年
2月
密偵長だった次男が、ギャロウウェイ公に任じられました。
露骨な懐柔策です。

9月
アイルランド侵攻開始。

1111年
3月
孫娘とフランス王子のとの間、および孫息子と天才娘の間に男児が相次いで生まれました。
天才娘は今度は肺炎になっています、どうにか生き延びてくれ……。

8月
天才娘は肺炎には勝てませんでした……。

1112年
7月
終戦。アイルランドに足掛かりを得ました。

1113年
なんかロージアン領で反乱が起きてます。

7月
息子の嫁の請求権を利用し、幼君が立ってるウルスター伯領に宣戦!

12月
ロージアン領の反乱が成功し、娘婿がロージアン公になりました。
次の世代はここもミュリー家に支配されますね。

1114年
公爵閣下は長生きです。

4月
孫息子の2番目の妻が出産時に死亡。
儚い。

6月
妻が老衰で他界。
簒奪したり、兄に処刑されたり、旦那が領地失陥したデンマーク王の王子王女の中で平穏な天寿を全うしました。
それはそれとしてかつて簒奪した公国の姫を後添えにします。
この後この後添えが密偵長を二人ほど消すことになります。怖い。

1115年
1月
孫娘とフランス王子との間に息子が。
ミュリー家もどんどん増えていきます。

7月
娘婿が反乱鎮圧中に死亡。
20年ほど早く孫娘がロージアンの公になりました。
なんだこれ。

1116年
沢山の事がありました。
イングランドの大反乱に呼ばれたり(勝てるわけねえ)
、息子の嫁が死んで孫がアルスター伯を継いだり、孫娘がロージアン公から蹴落とされたり……。
そんなこんなでゲーム開始から50年経ちました。公爵はまだ元気です。
そして自分が選挙王位の1位になりました。王様まで自分を指示してますねえ、こうなりゃ寿命勝負だな!

1117年
9月
息子が先に逝きました。……待たせすぎました。

1118年
孫息子の領地を守るため、ムームー(ミュンスター)の公領を侵略中。
娘婿のフランス王子がイングランドを捕りに船出しました。
元気でね。

1119年
結核が蔓延しています。

1123年
ロージアン公がマン島の公爵号も継承して生意気ですから、孫娘の請求権を行使しロージアンを獲得します!
公爵は公爵号いくつ持ってても怒られませんし……。

1125年
4月
ロージアン攻略戦継続中。
王様が平和を強要してきたのでFavorを使って撤回させます。
そういうストレスを君主に加えていたら王様が65歳でストレス死……マルスネクタン王の誕生です。

たなぼたです。
しかしここから事実上の世襲に持ってくまでが手強い感じ。
今は島嶼部の公爵の所に王位が行ってしまいます。
まだ君主のステが全般的に低いので仕方ないですね。

1125年
9月
クルセイダーの時代が始まりました。
テンプル騎士団とホスピタル騎士団設立。

11月
エルサレムへの十字軍が発令されました。
一応参加表明し教皇様に媚びを売ります。
そして友好度が上がった隙にこそっと叙任権を獲得します。やったぜ。

1127年
カリフの本隊にやられて逃げました。
十字軍Traitは取れたから良し、解散!
解散した後に跡継ぎのウルスター伯にも取らせないといけないことに気づきました。

1128年
陛下80歳です。
今からイェルサレムに軍を送って間に合うかな……。

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